ダリオ・アルジェントとゴブリン:ホラー映画音楽を変えた名コンビ
2026.07.26
ダリオ・アルジェントの経歴
ダリオ・アルジェントは1940年9月7日、ローマに生まれた。彼の家庭は映画プロデューサーの父と写真家の母を持ち、芸術への興味は自然と育まれた。
アルジェントは新聞『パエーゼ・セーラ』で映画批評を担当し、映画界への一歩を踏み出した。その後、脚本家として活動を開始し、1968年には映画『ウエスタン』でセルジオ・レオーネやベルナルド・ベルトルッチと共に原案を執筆した。
1970年、彼は監督デビュー作『歓びの毒牙』を発表する。この作品は女性ばかりを狙う連続殺人鬼を追うアメリカ人作家を描いたスタイリッシュなジャッロ映画であり、全米興行収入ランキング1位を記録する大ヒットとなった。
その後、1971年に公開された『わたしは目撃者』と『4匹の蝿』と共に「動物3部作」シリーズを完成させ、ジャッロ映画の人気監督としての地位を確立した。彼の作品は、グロテスクな描写と美しい映像を兼ね備え、視覚的な驚きを常に与えている。
1977年の『サスペリア』は、オカルト表現に新たな境地を開いた作品として、ホラー映画史上の金字塔とされる。『インフェルノ』『シャドー』『フェノミナ』など、彼の代表作は多岐にわたる。
ゴブリンとの出会い
ゴブリンは1974年に結成されたイタリアのプログレッシブ・ロックバンドであり、キーボード奏者クラウディオ・シモネッティとギタリストのマッシモ・モランテを中心に活動を開始した。結成当初のバンド名は「チェリー・ファイヴ」であったが、ダリオ・アルジェント監督作の音楽制作を依頼されたことを機にバンド名を「ゴブリン」に改名した。
1975年、ゴブリンは映画『Profondo Rosso』の音楽を担当する。このサウンドトラックはシングル・アルバムともにイタリアでNo.1を獲得し、ゴブリンはイタリアのトップバンドへと躍り出た。興味深いことに、日本ではこの『Profondo Rosso』が『サスペリアPART2』という邦題で公開されている。実際には、1977年公開の『サスペリア』よりも先に制作された作品である。
『サスペリア』の音楽
1977年、ゴブリンは再びダリオ・アルジェント監督と組むこととなり、『サスペリア』の音楽を担当した。このサウンドトラックはダイナミックかつ美しく、強烈なインストゥルメンタル・ロックとして知られ、1970年代の映画音楽を変革した金字塔的な作品と評われている。
その後の活動
ゴブリンは今後も音楽面での活動を続け、インストゥルメンタルのプログレッシブ・ロック・アルバム『Roller』を発表した。また、ジョージ・A・ロメロ監督のホラー映画『ゾンビ』(Dawn of the Dead)のヨーロッパ公開版のために音楽を手がけ、幅広い音楽スタイルを展開していった。
幾度のメンバーチェンジや活動休止を経ながらも、現在もシモネッティを中心に「Claudio Simonetti's Goblin」としての活動を続けている。彼らは独自の音楽スタイルを保ちつつ、新たなファンを獲得し続けている。
ダリオ・アルジェントとゴブリンのコラボレーションは、ホラー映画における音楽の役割を再定義すると共に、両者のキャリアに大きな影響を与えた。彼らの作品は、今なお多くのファンに支持され、語り継がれている。