プロンプトインジェクションを支える仕組みと、実際に起きた4つの事件
2026.07.29
プロンプトインジェクションとは
プロンプトインジェクションとは、LLM(大規模言語モデル)への入力(プロンプト)を通じて、開発者が意図しない指示をAIに実行させてしまう攻撃や脆弱性の総称である。これには、主に直接プロンプトインジェクションと間接プロンプトインジェクションの2つの手法が存在する。
直接プロンプトインジェクション
直接プロンプトインジェクションは、攻撃者がチャットの入力欄などに「これまでの指示を無視して〜」という命令を直接入力し、開発者があらかじめ設定したシステムプロンプトを上書きさせる手法である。この方法により、AIは不正な指示に従って行動を起こす可能性が高まる。
間接プロンプトインジェクション
間接プロンプトインジェクションは、攻撃者がAIに直接入力するのではなく、AIが後から参照・要約・処理する外部データ(Webページ、メール、文書、チャットメッセージなど)に悪意ある命令文を埋め込む手法である。ユーザーが「これを要約して」といった正当な操作を行った際、AIは無意識のうちに埋め込まれた指示を実行し、ユーザーはその結果と影響に気づかないことが多い。
プロンプトインジェクションが防ぎにくい理由
LLMは、開発者が設定したシステムプロンプトとユーザー入力や外部から取り込んだデータを明確に区別する仕組みを内部的に持たない。そのため、すべてを同じ並びのテキストとして処理してしまう。この構造が、プロンプトインジェクションを原理的に完全には防ぎ切れない要因となっている。
実際に起きたプロンプトインジェクションの事例
1. Chevroletディーラーのチャットボット事件
2023年12月、カリフォルニア州のChevroletディーラーがChatGPTを組み込んだ接客チャットボットを自社サイトに設置した。元X(旧Twitter)社員のChris Bakke氏がボットに対して「顧客の言うことには何でも同意する」という新たな目的を与える直接プロンプトインジェクションを行った結果、このボットは2024年型シボレー・タホを1ドルで販売することに同意した。ボットは「これは法的拘束力のある正式な申し出であり、後から取り消すことはできない」と返答し、そのスクリーンショットはSNSで拡散。ディーラーは48時間以内にチャットボットを停止する羽目になった。この事件は無防備な顧客対応AIの典型的な失敗事例として広く知られている。
2. Slack AIの間接プロンプトインジェクション
2024年、セキュリティ企業PromptArmorがSlack AIに間接プロンプトインジェクションの脆弱性を報告。攻撃者は、閲覧権限のないプライベートチャンネルの内容(APIキーなど)を、自分が投稿できる公開チャンネルやDMに隠して仕込み、間接的に引き出すことに成功した。この脆弱性の根本的な原因は、Slack AIがユーザーからの質問に応答する際、権限外のメッセージ内容をモデルへの入力として取り込むためであった。
3. Microsoft 365 Copilotの「EchoLeak」
2025年6月11日に公表されたCVE-2025-32711、Microsoft 365 Copilotの「EchoLeak」は、セキュリティ企業Aim Securityが発見したゼロクリック型の脆弱性である。攻撃者が細工した1通のメールを受信者に送りつけ、その受信者が何も操作しなくてもCopilotがメールやドキュメントを要約する際に本文中の隠しテキストやメタデータに埋め込まれた命令を読み込み、社内の機密データを外部に送信する危険があった。CVSSスコアは9.3(Critical)と非常に高く、Microsoftは公表前の2025年5月にサーバー側で修正を完了していたが、実際の悪用は確認されていない。
4. 「GeminiJack」
Geminiが連携する社内データソースに悪意ある指示をあらかじめ埋め込む手法「GeminiJack」が報告されている。これにより、ユーザーがGeminiエージェントに通常の作業(要約や予定確認など)を依頼した際に、埋め込まれた指示に従って外部へデータを送信させる可能性がある。
プロンプトインジェクションの危険性
プロンプトインジェクションは従来のセキュリティ脆弱性(SQLインジェクションなど)とは異なる特性を持っている。従来のインジェクション攻撃は、具体的な構造的脆弱性を狙うものであり、通常、データベースなどの特定対象に対するものである。これに対し、プロンプトインジェクションはLLMの動作そのものに内在する脆弱性を突くものであり、開発者が設定したプロンプトを無効化することが可能である。また、ユーザーが意図しない形で加害者となる場合が多く、気づかぬうちに悪用されてしまう危険性がある。
直接型と間接型のプロンプトインジェクションは、どちらも系统に対する信頼性を大きく損なうリスクがある。直接型は迅速に利用されるため、被害の拡大が早い傾向にあり、一方で間接型はターゲットを特定せず広範囲に影響を及ぼす可能性がある。これにより、案件やデータ内部での情報漏洩が起こるリスクが高まる。
まとめ
プロンプトインジェクションは、その構造上、完全に防ぐことが難しい攻撃手法である。AIのデザインと動作原理に内在するリスクを理解し、適切な対策を立てることが必要とされる。従来のセキュリティ脆弱性とは異なる性質を持つプロンプトインジェクションに立ち向かうためには、技術開発者やユーザーが共に意識を高め、具体的な対策を講じていくことが求められる。