デヴィッド・バーンの作風はどう変わってきたか:CBGBから『アメリカン・ユートピア』まで
2026.10.29
生い立ちとトーキング・ヘッズ結成
デヴィッド・バーンは1952年5月14日、スコットランドのダンバートン生まれ。2歳でカナダのオンタリオ州ハミルトンへ、8〜9歳ごろに米メリーランド州へ移り住んだ。3つの国をまたいで育った経歴である。
進学先はロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(RISD、1970〜71年)と、ボルティモアのメリーランド・インスティテュート・カレッジ・オブ・アート(1971〜72年)。どちらも中退している。ただ、音楽学校ではなく美術学校の出身であることは、のちの舞台美術、映像、インスタレーションといった音楽以外の仕事につながっていく。
1975年、RISDの仲間だったクリス・フランツ、ティナ・ウェイマスとニューヨークでトーキング・ヘッズを結成。同年6月8日から、パンクの拠点だったライブハウスCBGBでラモーンズの前座を務めた。1977年にジェリー・ハリスンが加わって4人編成となり、『Talking Heads: 77』(1977)、『More Songs About Buildings and Food』(1978)、『Fear of Music』(1979)を発表していく。
リズムへの転換:『Remain in Light』
転機は1980年10月発表の『Remain in Light』。プロデューサーはブライアン・イーノで、手本にしたのはナイジェリアのフェラ・クティが1973年に出した『Afrodisiac』だった。
変わったのは音だけではなく、曲の作り方そのもの。それまでのようにバーンの書いた歌詞に曲をつけるのではなく、『Fear of Music』収録の「I Zimbra」を出発点に、バンドでインストゥルメンタルのジャムを録音。そこから良い部分を抜き出し、繰り返し演奏できるように覚え込んだ。個々のパートがかみ合ってポリリズムになる、アフリカの共同的な音楽の作り方を試みた形である。
歌詞は演奏ができあがった後。バーンはまずスキャットでメロディを作り、そこに意識の流れのような言葉を当てはめた。作者の書いた言葉が先にあり、バンドがそれに従うという関係が、この作品で逆転している。
他人の声で作る音楽:『My Life in the Bush of Ghosts』
1981年には、イーノとの共作『My Life in the Bush of Ghosts』を発表。このアルバムには歌手がいない。代わりに使われたのは、ラジオのトーク番組の司会者、説教師、エクソシズムの儀式、レバノンの山岳歌手、アラブの歌手の商業録音といった「見つけた声(found voices)」のサンプリングだった。
発表当時の評価は賛否両論。しかし現在ではイーノ、バーン双方の代表作とされ、パブリック・エナミーのプロデューサー、ハンク・ショックリーはヒップホップのルーツの一つにこの作品を挙げている。一方で、他の文化の声を素材として切り取ったことは「文化の盗用」だとする批判も根強い。サンプリングという手法の可能性と問題点が、早い段階で両方とも表に出た作品といえる。
同じ1981年には、振付家トワイラ・サープのバレエ『The Catherine Wheel』の音楽も担当。音楽を身体の動きと組み合わせる仕事は、この後さらに大きくなっていく。
視覚と身体:『Stop Making Sense』と『True Stories』
1984年のコンサート映画『Stop Making Sense』は、ジョナサン・デミ監督作品。舞台デザインと振付の中心を担ったのはバーン自身だった。2023年にはA24がリバイバル上映を行い、40年近く前のライブ映像が改めて劇場にかかっている。
映画で着た「ビッグ・スーツ」の発想源の一部は日本の伝統芸能。ツアーの合間に来日して歌舞伎、能、文楽を見ていたことに加え、「舞台では何でも大きくする必要がある」という友人の言葉もきっかけになった。体に合わない巨大な服は、ロックのライブを演劇として組み立て直す試みの象徴となった。
1986年には映画『True Stories』で脚本、監督、主演を担当。トーキング・ヘッズは『Speaking in Tongues』(1983)、『Little Creatures』(1985)、『True Stories』(1986)、『Naked』(1988)と作品を重ねた後、1988年に活動を休止し、1991年12月に正式に解散した。2002年にはロックの殿堂入りを果たしている。
世界の音楽へ:『ラストエンペラー』とルアカ・バップ
映画『ラストエンペラー』の音楽は、坂本龍一、蘇聡(ツォン・スー)との共作。坂本が9曲、バーンが5曲、蘇聡が1曲を書き、3人でアカデミー作曲賞を受賞した。ロックバンドのフロントマンが、映画音楽の分野で最高の評価を受けた形である。
同じころ、バーンは自身のレーベル「ルアカ・バップ」を立ち上げた。始まりは、気に入ったトロピカリア(ブラジル音楽)の曲をカセットに編集して友人に配っていたこと。1989年1月にシリーズ第1弾『Brazil Classics 1: Beleza Tropical』を出し、友人向けの個人的な選曲を、レーベルとして世に出す仕事へと広げた。
1989年10月には、アフロ・キューバンやブラジルの音楽を取り入れたソロ・アルバム『Rei Momo』を発表。『Remain in Light』でアフリカのリズムを取り込んだ関心が、今度はラテンアメリカへと向かった。
ソロ活動と共作
1990年代以降のソロ・アルバムは『Uh-Oh』(1992)、『David Byrne』(1994)、『Feelings』(1997)、『Look into the Eyeball』(2001)、『Grown Backwards』(2004)など。2008年にはイーノと再び組み、『Everything That Happens Will Happen Today』を発表した。
2010年には、ファットボーイ・スリムと組んだ楽曲集『Here Lies Love』を発表。題材はフィリピンのイメルダ・マルコスで、政治家の生涯をディスコ調の曲で描くという構成だった。この作品は舞台化され、2023年7月20日にブロードウェイで開幕している。
2012年にはセイント・ヴィンセントとの共作『Love This Giant』を発表。バンド解散後のバーンは、一人で作品を完結させるよりも、組む相手を変えながら作風を広げてきた。
音楽は場所が作る:『How Music Works』の考え方
バーンの思想が最もはっきり表れているのが、2010年のTEDトーク「建築はいかに音楽を進化させたか」と、2012年の著書『How Music Works』。主張の中心は、音楽はそれが演奏される場所や文脈によって形づくられる、という考え方である。
例として挙げているのが自分自身。CBGBという部屋の音響が、自分の書く音楽に無意識のうちに影響していた可能性を認めている。議論は教会、オペラハウス、カーネギーホールにまで及び、スタジアムの音響がゆっくりとしたアンセム調の曲を生んだ、という指摘もある。音楽を作曲家の内面から生まれるものではなく、空間や技術、聴き手の環境との関係の中で生まれるものとして捉える見方である。
この考え方は作品にもなっている。2005年にストックホルム、2008年にニューヨーク・マンハッタンのバッテリー・マリタイム・ビル、2009年にロンドンで展示したインスタレーション『Playing the Building』は、建物そのものをパイプオルガンのように鳴らす装置。建物の配管や鉄骨が楽器になる。
都市への関心は自転車にも表れている。長年、ニューヨークでの主な移動手段は自転車。2008年には、ウォール街ではドル記号の形にするなど、設置場所にちなんだ形の駐輪ラックをデザインし、2009年には著書『Bicycle Diaries』を出版した。
バーンは自分を自閉スペクトラム症だと考えている(正式な診断は受けていない)。2012年には、対面でのコミュニケーションが難しかった時期に、音楽が自分の伝達手段だったと語った。2020年のインタビューでは、その特性が創作に過集中する助けになっているとも述べている。
楽観と市民性:『American Utopia』以降
2018年、バーンは非営利団体アーバタスを設立し、2019年にはオンライン・マガジン「Reasons to Be Cheerful」を公開した。扱うのは、各地で実際に効果を上げ、他の場所にも応用できる問題解決の取り組み。問題を告発するよりも解決策を取材して伝える「ソリューション・ジャーナリズム」の媒体で、困難な時代に希望となる取り組みを記録したいというのが動機だった。
同じ2018年にはアルバム『American Utopia』を発表。ツアーを経て、2019年10月にブロードウェイのハドソン劇場で舞台版が開幕した。舞台に立つのは、6人の打楽器奏者を含む11人のミュージシャン。全員がそろいのグレーのスーツに裸足で、楽器もボーカルもすべてワイヤレス。ケーブルにつながれず、演奏しながら舞台上を動き回る構成である。演目にはアルバムの曲に加え、トーキング・ヘッズやソロ時代の曲も入った。
アンコールで歌われたのが、ジャネール・モネイが2015年に書いた抗議歌「Hell You Talmbout」。警察などによる暴力で亡くなった黒人の名前を、一人ずつ呼んでいく曲である。「ある年代の白人男性」である自分が歌うにあたり、バーンはモネイ本人に許可を求めた。
舞台は2020年、スパイク・リー監督によって映画化され、HBOで公開。映画は、市民として民主主義に関わることへの呼びかけとして評された。2021年9月17日にはセント・ジェームズ劇場で上演を再開し、同年9月26日の第74回トニー賞では、既存の部門に当てはまらない作品として特別賞を受賞した。
最新作『Who Is the Sky?』
2025年9月5日、7年ぶりのアルバム『Who Is the Sky?』をマタドールから発表。プロデュースはキッド・ハープーン、全12曲の編曲はゴースト・トレイン・オーケストラが担当し、ヘイリー・ウィリアムス、セイント・ヴィンセント、トム・スキナーが参加した。
オープニング曲は「Everybody Laughs」。批評では、人間に共通するおかしさや日常のささいな部分、恋愛、老いをユーモアを交えて扱い、その中に希望を探す作品と評された。一方、英ガーディアン紙のアレクシス・ペトリディスは「ふざけたジョークや猫の鳴き声に耐えられれば素晴らしい曲」と書き、ユーモアについては評価が分かれている。
同作のツアーは13人編成。動き回るミュージシャン、歌手、ダンサーによる舞台で、『American Utopia』ツアーのメンバーも参加し、北米、オーストラリア・ニュージーランド、ヨーロッパ・英国を回った。
作風の変化と、変わらないもの
CBGBのニュー・ウェイヴから、アフリカのポリリズム、他人の声のサンプリング、巨大なスーツの舞台、ラテン音楽、ワイヤレスのマーチングバンドへ。バーンの作風は大きく変わってきた。
ただ、その変化には共通点がある。音楽を一人の作者の内面から出てくるものとしてではなく、バンドのジャム、場所の音響、他の文化、組む相手、社会の問題といった外側との関係で作られるものとして扱ってきたこと。『How Music Works』で言葉にした考え方は、1980年の『Remain in Light』の作り方から、すでに作品の中で実践されていた。