ポーランド憲法裁判所はなぜ占拠騒ぎに至ったのか、10年の対立とトゥスク首相の狙い

2026.11.01

ポーランド憲法裁判所はなぜ占拠騒ぎに至ったのか、10年の対立とトゥスク首相の狙い

2026年10月30日夜、ポーランドの憲法裁判所(TK)で、議会が選んだ判事たちが長官の職務停止を宣言し、海外訪問から引き返したナヴロツキ大統領が裁判所の入口で判事ともみ合う事態が起きた。野党は「クーデター」、大統領は「憲法機関の強制的な乗っ取り」と非難し、トゥスク首相は「妥協はありえない」と応じている。この記事では、10月30〜31日の出来事、2015年から10年以上続く判事選任の対立、そしてトゥスク首相の狙いをめぐる見方を、執筆時点の11月1日までの情報で整理する。

10月30日夜、裁判所で何が起きたか

10月30日(金)夕方、議会(下院・Sejm)が選出した判事アンナ・コルヴィン=ピョトロフスカら7人の判事が、国家保護局の職員に伴われて憲法裁判所の本部に入った。コルヴィン=ピョトロフスカは、ボグダン・シフチコフスキ長官とバルトウォミエイ・ソハンスキ副長官の職務を1か月間停止すると発表し、自ら裁判所の運営を引き継ぐと表明。根拠は判事の一時的な職務停止に関する規定で、「優越する憲法上の必要性」による措置だと説明した。目的は、裁判所の機能を回復し、議会が選んだすべての判事が職務に就けるようにすることだという。

ただし、この権限には疑問も出ている。コルヴィン=ピョトロフスカの立場は裁判官としての通算勤務年数に基づくもので、憲法裁判所での在任期間が最も長いわけではない。元憲法裁判所判事の一人は、職務停止の法的根拠は「存在しない」と述べた。

現指導部もこの決定を拒否した。違法な決定であり、大統領の手続きを経ずに宣誓した判事は正式な構成員ではない、という主張である。憲法裁判所の公式Xアカウントは、ウェブサイトが違法に乗っ取られたとし、シフチコフスキが引き続き長官だと発信した。裁判所の公式な発信窓口まで、二つの陣営に分かれた形である。

同じ夜、機動隊が裁判所を取り囲み、シフチコフスキは警察に敷地への立ち入りを阻まれた。長官の支持者は工具で柵を切断していた。警察は、判事や職員への脅威と治安上の危険についてコルヴィン=ピョトロフスカから情報を受け、配備したと説明している。現場には数百人の抗議者が集まり、敷地に入ろうとした3人が逮捕された。野党の政治家を含む反政府側の参加者は、事態を「クーデター」と呼んだ。

大統領、セネガル行きの機体を引き返させて現場へ

カロル・ナヴロツキ大統領は、セネガルへの国賓訪問に向かう機内にいた。知らせを受けて機体を引き返させ、ワルシャワに戻って夜のうちに裁判所へ到着。公開された動画には、大統領が入口でコルヴィン=ピョトロフスカに道を空けるよう求め、押しのけて中に入る様子や、判事らに「あなたたちはTKの判事ではない」と述べる様子が映っていた。

動画を10月31日午前1時ごろに公開したのは、判事に選ばれたばかりのマチェイ・ベレク。トゥスク首相の側近として知られる人物である。大統領府側は、判事らが大統領の不可侵性を侵害したと主張。これに対しベレクは、大統領の方が「非常に強い力で」判事に突っ込んだと反論している。同じ映像をめぐって、双方の説明は正反対である。

大統領は10月31日午前5時ごろに裁判所を出て、声明で「憲法秩序の侵害と憲法機関の強制的な乗っ取り」を主張した。法秩序を回復するとして、議会各会派との緊急協議を同日午後に招集。連立与党の対応は割れた。ポーランド2050のシモン・ホウォーニャと、PSL党首のコシニャク=カミシュ副首相は出席を表明し、ホウォーニャはTKを「力ずくで」立て直すことは崩壊を悪化させるだけだと述べた。一方、左派「レヴィツァ」の会派長は「TKは独立した判事の手中にある」として出席を拒んだ。与党の内部にも、手法をめぐる温度差がある。

政府側では、ヴァルデマル・ジュレク法相(検事総長を兼務)が、シフチコフスキの訴追免除特権の剥奪を求める意向を表明し、シフチコフスキとソハンスキへの刑事手続きにつながりうる措置を取った。大統領の振る舞いについては「恥ずべき」と評している。10月31日、シフチコフスキは自分と残りの判事で裁判所の支配を取り戻すと表明し、コルヴィン=ピョトロフスカは11月3日に判事総会を招集すると発表した。

対立の起点は2015年の「判事5人」

憲法裁判所の判事は15人、任期は1期9年。判事は下院が選び、大統領の前で宣誓する。今回の騒ぎの根は、この選任と宣誓の手続きにある。

2015年6月、退陣を控えた市民プラットフォーム(PO)とPSLの連立政権が法律を改正し、10月の総選挙の前に判事5人を選べるようにした。10月8日に5人が選ばれたが、当時のドゥダ大統領は宣誓を受け入れなかった。総選挙で勝った「法と正義(PiS)」の新しい下院は前の選任を無効とし、12月2日に別の5人を選出。ドゥダ大統領はこちらの宣誓を受け入れた。

翌12月3日、憲法裁判所は前議会の選任のうち3人分を合憲、2人分を違憲と判断した。つまり3席はすでに合法に埋まっていたことになり、そこに就いたPiS側の3人(ムシンスキ、チオフ、モラフスキ)は「代行判事」と呼ばれるようになった。PO-PSL側は2席を先取りして権限を越え、PiS側は有効とされた3人分まで争った。対立の出発点から、双方に問題があった形である。

PiS政権下の憲法裁判所と、欧州の司法の判断

PiSはその後、審理の方法、必要な判事数、議決の基準といったルールを変更した。2016年3月、憲法裁判所は最初の改正を違憲としたが、シドウォ政権は判決の公表を拒否。2016年12月にはユリア・プシウェンブスカが長官に就任した。

この構成に対しては、欧州の裁判所が相次いで疑問を示している。2021年、欧州人権裁判所は、ムシンスキを含む構成の裁判所は「法律で設置された裁判所」の要件を満たさないと判断。同じ年、ポーランドの憲法裁判所は、司法に関する一部のEU法の優位に異議を唱える判決を出した。さらに2025年12月、EU司法裁判所は、ポーランドの憲法裁判所は独立した裁判所の要件を満たしておらず、EU法の権限に異議を唱えた判決は加盟国としての義務違反にあたると判断している。

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トゥスク政権の「待つ」戦略とその行き詰まり

2023年10月の総選挙を経て、トゥスクは同年12月に首相に返り咲いた。司法の独立と法の支配の回復は、公約の柱の一つである。

2024年3月、下院は「代行判事」3人の地位と、プシウェンブスカ長官の権限を疑問視する決議を採択した。同年9月には判事の任命と裁判所の運営を変える改革法案2本が出されたが、ドゥダ大統領が憲法裁判所に審査を付託し、施行されなかった。2024年12月、ドゥダ大統領は元検察官で、ジオブロ元法相の側近であるシフチコフスキを長官に任命している。

政府は裁判所の構成を理由に、判決を官報に掲載しない措置をとってきた。裁判所側はこれを違法とし、判決は拘束力を持つと主張している。政府は2026年3月まで欠員の補充も行わなかった。トゥスク首相によれば、PiS政権下で任命された判事の任期が切れるのを待つことで、正面衝突を避けようとしていたという。

2026年、新判事8人のうち5人の宣誓を大統領が拒否

2026年3月、下院は任期満了の判事の後任として6人を選出した。クリスティアン・マルキェヴィチ、アンナ・コルヴィン=ピョトロフスカ、マチェイ・タボロフスキ、マグダレナ・ベントコフスカ、マルチン・ジュルダ、ダリウシュ・ショステクである。しかし2025年の大統領選で当選したPiS寄りのナヴロツキ大統領は、4月1日にベントコフスカとショステクの宣誓だけを受け入れ、残る4人は拒否した。大統領府は、期限や個別投票の要件など選任手続きへの懸念を挙げ、大統領に任命を自動的に受け入れる義務はないと主張している。「待つ」戦略の前に、宣誓という新たな関門が立ちはだかった形である。

4月9日、4人は議会内で公証人の立ち会いのもと宣誓し、書類を大統領府に送った。大統領府とシフチコフスキ長官は、宣誓は大統領の面前で行わなければならないとしてこれを認めず、4人の審理参加を拒んだ。

その後、国内外の判断がぶつかり合う。5月5日、欧州人権裁判所は4人の職務就任を妨げないよう求める暫定措置を出したが、長官は同裁判所にその権限はないとして退けた。5月12日には憲法裁判所自身が判決(K 3/26)で、大統領はすべての任命を受け入れる義務はなく、宣誓には大統領の立ち会いが必要だとした。政府は、審理に加わった判事の地位が争われているとしてこの判決を認めていない。欧州評議会の諮問機関であるヴェネツィア委員会は、宣誓での大統領の役割は儀礼的なもので、選任を審査する権限はないとの意見を出したが、大統領府は同委員会の意見に法的拘束力はないと反論した。

7月28日、大統領は3人目となるスワヴォミル・パティラの宣誓を受け入れた。一方、8月29日にトゥスクは、9月中に「我々の判事がこの建物に入る」ことを確実にすると述べ、法に則った措置を取ると語っていた。

「右腕」ベレクの判事選出

9月4日、下院はマチェイ・ベレクを判事に選出した。ベレクはトゥスクが「右腕」と呼ぶ人物で、8月まで閣僚として政権の立法計画を調整していた。得票は226票で、必要な絶対多数の219票をわずかに上回った。PiSの候補は184票だった。

この人選には与党の内側からも異論が出た。連立内から棄権・欠席が出たほか、左派のラゼムなどが元閣僚の起用を批判し、司法の脱政治化という約束に反するとの声が上がった。トゥスクは、ベレクは政治色のない実務的な役割を担い、政党に所属したことはないと説明している。大統領府は、法律が求める10年の法律実務経験について「重大な疑問」があるとしている。ベレクは10月14日、大統領が不在のまま宣誓した。

こうして2026年に下院が選んだ判事は8人になった。大統領が宣誓を受け入れたのは3人、拒否したのは5人(ジュルダ、コルヴィン=ピョトロフスカ、マルキェヴィチ、タボロフスキ、ベレク)。8人が全員就任すれば、15人の法廷で与党側が選んだ判事が理論上の多数になる。10月30日の騒ぎは、この5人を職務に就かせるための動きだった。

トゥスク首相のテレビ演説:「妥協はありえない」

10月31日夜、トゥスク首相はテレビ演説を行った。金曜の出来事を「スキャンダラスな事件」と呼び、平穏の回復が無法や暴力を受け入れることを意味してはならないと主張。「民主国家は強く、正義を執行する能力を持たなければならない」と述べた。

首相は「下院は選択を行い、判事は宣誓した」と述べ、大統領が宣誓を正式に受け取らなかったことを批判した。新判事は合法に選ばれ、攻撃を受けた側だという立場である。政府は解決策を示したが、PiSと大統領に阻まれたとも述べた。さらに、老婦人のハンドバッグを盗んだ泥棒が、取り返そうとした人を暴力的だと非難するようなものだと例え、「ある問題については妥協はありえない」と強調。大統領を含むどの政治家も、裁判所に押し入ったり判事に指示・威圧したりする権利はないとした。

演説では、ロシアへの警戒にも触れた。親ロシア勢力がこの対立を利用しうるとし、ネット上でロシアのボットが現行の憲法秩序への反対派を後押ししていると指摘。首相として、裁判所が任務を果たすための安全と条件を提供すると約束した。ただし、大統領との具体的な合意や、解決に向けた詳しい計画は示されなかった。

トゥスク首相の狙いはどこにあるのか

政府側の説明は明快である。PiS政権下で政治化した憲法裁判所を議会が選んだ判事で構成し直し、法の支配と司法の独立を回復すること。2015年以来の「代行判事」問題や、欧州の裁判所の判断が、その根拠として挙げられている。

一方、選挙を意識した戦略とみる見方もある。法律家マルチン・マチャックは、右派野党は「残された制度上の拠点」を守ろうとし、中道政府は憲法裁判所の「バランスの回復」を図っていると分析。そのうえで、トゥスクが改革の遅さに不満を持つ支持者を奮い立たせるために強硬路線を取っている可能性を指摘した。この戦略は「基盤を動員する一方で、穏健な有権者を遠ざけるおそれがある」という。今回の出来事が、将来の政府にとっての前例になりうるとも警告している。

支持者の不満については、トルン・ニコラウス・コペルニクス大学のアレクサンドラ・クストラ=ロガトカ准教授も、与党支持者は2023年以降の改革の遅れに失望しており、2025年大統領選の結果もその一因だと指摘する。Visegrad Insight編集長のヴォイチェフ・プシビルスキは、これは裁判所の人事と運営の支配をめぐる「主導権争い」だと述べている。

次の総選挙は2027年に予定されている。右派はPiS、コンフェデラツィア、ブラウン欧州議会議員の「ポーランド王冠」、モラヴィエツキ元首相の「Development+」の4つの名簿に分かれる見通しとの分析もある。ベレクの選出でも、与党内の異論を抑えたことが選挙に向けた連立の結束につながるとの見方が出ていた。法の支配の回復という看板と、選挙を前にした支持層の引き締め。トゥスクの強硬姿勢には、この二つの側面が重なっている。

今後の焦点

当面の焦点は、11月3日の判事総会と、シフチコフスキの訴追免除特権の剥奪手続きである。どちらも対立をさらに深める可能性がある。

判決が公表されず、国家機関どうしで判決の効力についての見解が分かれる状態が続けば、市民、企業、税制、公共サービスに関わる法律の不確実性が広がる。危機の始まりから10年以上、歴代の政府と大統領は共通の解決策で合意できていない。政権が代わるたびに新しい法解釈が生まれ、誰に決定権があるのかという争いが繰り返されている。